【妊娠・出産実体験】原因不明の“胎児発育不全”から出産まで

妊娠・出産
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おはようございます!

こんにちは!

そして、こんばんは!

シノです(^^)

 

今朝ふと気付いたんですが、

わたくし…こんな…

誰が見ても明らかに

育児情報メインと分かるような

ブログサイトを立ち上げておきながら、

 

な、なんと!!

 

妊娠期の出来事に関する記事を

ほとんどアップさせていません

でした!!

 

妊娠期がなければ出産・育児も

あり得ないというのに、

根本的でとても大切な情報が

すっかり抜け落ちていました(>_<)

 

本当に申し訳ありませんっ!!

 

そんな訳で今回は、

手始めとして

トラブルに見舞われ続けた

私の妊娠・出産の実体験

をまとめていくシリーズの1回目を

進めていきます!

 

あなたは、

【子宮内胎児発育不全】

という言葉を

知っているでしょうか。

 

これは、

何らかの理由により
お腹の中で充分に胎児が育たない状態

の事を指す言葉です。

 

私がこの言葉を始めて聞いたのは、

妊娠7カ月頃の事でした。

 

これは、

もうすぐ3歳になる私の娘が

まだ私のお腹の中にいた頃の、

迷路に迷い込んでしまったかのような

辛く不安な日々の記録です。

 

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▼赤ちゃんが大きくならない原因は十人十色

 

もともと

私の妊娠経過には不安要素など

何一つありませんでした。

 

妊娠初期の段階では

立ち仕事を続けていましたし、

つわりもそれほど酷くなく

毎日お腹の赤ちゃんの事を考えては

ふわふわした夢のような日々を

過ごしていた位です。

 

ですが…、

 

8周…12周と週数が進むにつれて

少しづつ得体の知れない不安を

抱き始めるようになりました。

 

国で算出された週数ごとの
推定体重や体長の目安と
我が子の成長に差がつき始めた

からです。

 

一度それを気にしてしまってから

というもの、

私の毎日は一変して

しまいました…。

 

なぜ成長が遅いのか__、

それには何か明確な理由が
あるのではないか__。

 

そう考え、毎日毎日…

沢山の育児情報誌や医学書を

読み漁るようになりました。

 

健診の日には、

担当医や看護師さんにも

色々な可能性について

話を聞きました。

 

結局、

各種の検査でも内診でも…

その時点では、

おなかの赤ちゃんの異常は

見つかりませんでした。

 

私の場合、

我が子の成長が遅い事の原因は

最後まで特定できなかったんです。

 

◆原因が特定できる場合もある

 

一般的に、

どの産婦人科でも胎児の発育が

不十分であるという場合には、

慎重に様々な検査を行います。

 

普段から行っている

超音波や内診、

血液・尿検査はもちろん、

 

週数が経過すると

胎児の脈拍や

お腹の張りを測る為の

モニタリングテストを

行ったりもします。

 

そういった詳しい検査を繰り返し

母体と胎児の健康状態を

観察していくと、

胎児が育たない原因を

突き止められる場合もあります。

 

胎児が育たない原因となり得る一例
胎児側:
染色体異常
感染症
アルコール中毒…など
母体側:
前置胎盤
妊娠高血圧症候群
喫煙…など

 

特に

胎盤やへその緒、

血流の異常はそのまま

胎児の命の危険に繋がる為、

 

それらに異常が

見つかった場合には、

より慎重な経過観察を

必要とする事になります。

 

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▼小さめの我が子に新たなトラブルが

 

原因不明の発育不全

という現実に直面しても、

我が子はしっかりと着実に

在胎週数を稼いでいきました。

 

そして私達にも…

 

流産の危険性が低く

体調的にも過ごしやすくなる__、

 

一般的に“安定期”と言われる

心休まる時期が訪れようと

していた頃、

 

突然、

子宮頚管が短い

との診断を受けました。

 

この子宮頚管という部分の事を

簡単に言うと、

『赤ちゃんが通って
生まれてくる場所』

という事になります。

 

つまり、

その長さが短いという事は

そのまま、

早産のリスクを抱えている

という意味になってしまうんです。

 

◆そのまま自宅安静に

 

ちなみに、

子宮頚管が短くなっていても、

母体側には一切

自覚症状は現れません。

 

本当に、いきなり…

なんの前触れもなく

担当医に

「お子さんが危険です。
自宅で安静にしていて下さい。」

と言われるんです。

 

子宮頚管が短いと

言われた時の私は、

その事実を受け止めきれず

ただただ呆然としていました。

 

その後は診察室を出てやっと…

外で待つ実母の顔を見て初めて…

冷や汗が額に滲むのが

分かりました。

 

冷静になって

【あと少し遅かったら
早産になっていたかもしれない。
お腹の子が
命を落としていたかもしれない。】

そう思ったら、

途端に足が震えてきたのを

今でもよく覚えています。

 

そうして、

私の安定期は

旅行とも無縁の、

買い物の楽しい記憶さえ

ないに等しい、

【自宅で過ごすだけ】の

緊迫した毎日となりました。

 

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▼7カ月頃からは通院ペースが上がりさらなる問題が…

 

そうして、

なんとか在胎週数を稼ぎ続ける間も

通院は続きました。

 

心拍数などに異常が無いか

モニタリングテストを

頻繁に行いました。

 

そんな中

超音波検査を行っていると、

またしても担当医の口から

衝撃の事実が

静かに語られる事になります。

 

「羊水が少ないですね…。」

 

子宮は赤ちゃんのベッド

のような物…。

羊水は

さながら毛布や布団の役割…。

 

本来は温かくふんわりと
赤ちゃんを包み込むはずの
羊水が少ない

という事は、

赤ちゃんにとってその空間が

いい環境とは言えないという事は

明らかです。

 

「赤ちゃんにとっても、
このままお腹の中にいる事が
いい事だとは言えないでしょう。」

先生のそんな言葉に、

私はうつむく事しか出来ませんでした。

 

◆最終的には一日おきで通院する事に…

 

胎児の成長は不十分、
子宮頚管は短く
早産のリスクがある__、
羊水が少ないせいで、
お腹の中の環境は
赤ちゃんにとっていいとは
言えないもの__。

 

こんな状態の我が子を抱えた

この頃の私は、

精神的にも体力的にも

だいぶ弱っていました。

 

赤ちゃんの成長は

本当にごくわずかでしたが、

胎動はうるさい位にあり

それが余計に苦しかったです。

 

毎日、

(こんなに元気に動いているのに、
どうして大きくならないの…)

そんな、

歯がゆい思いを

抱え続けていました。

 

そして…

35週目に入った頃には

一日おきの通院で過ごす数時間が、

私が唯一、
外の空気を感じる事が出来る時間

になっていました。

 

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▼9カ月…胎児の安全を最優先する為に入院

 

生産期に入る37週目を前にしても、

我が子の推定体重は

2000gがやっと

といった所。

 

これを期に、

担当医は

『これ以上お腹にいる必要性は無い』

との判断を下し、

なるべく早い段階での計画分娩へと

方針が定まりました。

 

それに伴い、

私は自宅安静を終え入院

する事になったんです。

 

入院後は、

毎日午前と午後に2回

モニタリングテストをし、

1日おきに担当医と話をし…

 

慎重に様子を見ながら

分娩のタイミングを

見計らいました。

 

そして、

数週間後__、

日付が代わった

3月18日午前2時__。

 

緊急帝王切開術を経て

娘はなんとか

この世界に生まれ出る事が

出来ました。

 

(この時のお話しは、

別の記事にて詳しく

お話しようと思います(^^))

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▼まとめ

 

私は1人しか出産経験が

ありませんが、

その1回はトラブルばかりで

とても内容の濃いものと

なりました。

 

私が妊娠・出産を通して感じた事は、

妊娠も出産も
絶対に“当たり前”じゃない

という事です。

 

妊娠できる事も、

お腹の中で子供が大きくなる事も、

赤ちゃんが生まれ出る事も…

元気な泣き声をあげる事も__。

 

全てが“奇跡”なんだという事を

思い知らされたんです。

 

計画分娩の最後の最後に

私と娘の容体が急変してしまった時には、

生まれて初めて

命の危険を感じました。

 

(私もこの子も、もしかしたら…)

 

そう思ってしまうほどの

壮絶な出来事を乗り越えると、

本当に命は奇跡の結晶なのだと

痛感させられるんです。

 

結果的に娘は低体重児として生まれ

2週間ほど長く入院しましたが、

今は健やかに成長しています。

 

日常生活において

特別なサポートが必要という事もなく、

 

日々…

お腹にいた時のように

マイペースに…

でも着実に。

 

少しずつ成長しています!

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